COBOLというプログラミング言語 ― 2025年12月08日 22:41
本日の朝日新聞朝刊に、COBOL(Common Business Oreiented Language)の記事があり、少しテンションがあがった。新卒で入社したタオルメーカーで、一通り製造工程の研修が終了し、総務部に配属され、そこで、コンピュータ言語の一つである、COBOLを知った。当時PC専用のスタッフには、3才年上で、富士通から転職してきた先輩がいた。今から40年以上前、コンピュータは、敷居が高かったが、この先輩に、プログラムの基本を教えてもらったとき、簡単な英語で構成されているこの言語は、文科系出身者でも理解しやすい印象を持った。その後、営業職に転勤となり、COBOLとも疎遠となった。ご存じの通り、90年代以降コンピュータ本体、及びOS、アプリケーションなどは、日進月歩というより、秒進分歩といっても過言ではないとんでもない革新を遂げた。そんな中、記事によれば、COBOLは、「企業のシステムの中核部(メインフレームといわれる大型コンピュータ)では残り続けていて、この言語を扱える技術者のニーズも高まっている。」とのこと。あのときもっとCOBOLを勉強しておけばよかったと後悔している。
不動産登記 ― 2025年12月11日 22:53
今年4月に母が亡くなった。96歳だった。年齢としては十分に生きてくれたとは思うものの、父が亡くなった後、約20年、二人の子は、いずれも同居できず、一人暮らしをさせてしまったことは、本当に申し訳なく思っている。葬儀が終わり、仕事の合間に事後手続きを少しずつ進めていたが、昨日不動産登記が完了し、その手続きすべてが終了した。ところで、不動産は猫の額ほどの自宅の土地、建物であるが、土地の登記は祖母のまま、建物の登記は父のままとなっていた。法務局へ、祖母、父、母の各種戸籍謄本を持参して、経緯を説明したところ、担当の職員の方が、各書類を用意してくれ、スムーズに申請を行うことができた。その手順は、「1..土地を、祖母から母へ登記変更する。2.土地を、母から子(兄弟二人各1/2)へ登記変更する。3.建物を、父から母1/2、子(兄弟二人各1/4)へ登記変更する。4.建物母1/2を、子(兄弟二人各1/4)へ登記変更する。」という手順であった。それにしても、母が一人娘で助かったと思う。もし、土地の所有者が父方の祖父であったら、大変なところだった。父は、姉、兄、妹がおり、皆亡くなっているが、それぞれ順に5人、2人、4人の子供がいる。(いとこ)そして、そのうち、6人はアメリカに住んでいる。これら11人に連絡をとり、相続放棄の承諾を取らなければならない。日本の全国各地で、このような登記問題は起きているのではないだろうか。
2025年 大阪・関西万博と、大河ドラマ「べらぼう」 ― 2025年12月31日 18:54
2025年も、残り5時間となった。
今年は、55年振りに、大阪で万博が開催された。前回の1970年の万博を、小学校6年のときに体験した感動をもう一度味わいたく、通期パスを購入。4月中旬初入場し、2時間並んでアメリカ館へ入館した。ところが、万博が実物から映像展示に代わってしまったことに失望した。(前回アメリカ館には、入れなかったが、実物の月面着陸船など宇宙船が並んで展示されていたと聞く。また、何とか入館できたソ連館では、宇宙から帰還した着陸船が多数展示されているのを観た。)通算9回訪れた今回の万博は、イベント力には長けており、お祭りとして盛り上げることには成功していたが、その後入館した各パビリオンも、アメリカ館同様、映像中心の展示方法が主流で、生の迫力に欠け、さらにそもそも全体としてのテーマ自体に、前回の万博にはあった、未来への希望、憧れ、躍動というものが、ほとんど感じらなかった。そして、その万博のシンボルである「太陽の塔」と「ミャクミャク」を比較しても、後者は、どこか愛らしく、ひょうきんで人気者になったが、前者の威厳があり、力強く、神秘的で、かつ哀愁のある(特に背後から見た時の)巨大な像は、今でも圧倒的な魅力を放っている。作者の岡本太郎氏が、この作品を「べらぼうなものを創った」と周囲に語っていたらしい。
奇しくも、今年の大河ドラマは、江戸時代後期に、時代を超越した発想力と行動力で、日本の出版界の先駆けとなった蔦谷重三郎の生涯を描いたものであったが、岡本太郎氏の言葉と、このドラマのタイトルが同じであったことは何かの因縁を感じる。しかし、残念ながら、2025年の万博については、「べらぼう」にはなりえなかったように思う。これは1970年の万博を体験したもの故の感想かもしれないが…。
今年は、55年振りに、大阪で万博が開催された。前回の1970年の万博を、小学校6年のときに体験した感動をもう一度味わいたく、通期パスを購入。4月中旬初入場し、2時間並んでアメリカ館へ入館した。ところが、万博が実物から映像展示に代わってしまったことに失望した。(前回アメリカ館には、入れなかったが、実物の月面着陸船など宇宙船が並んで展示されていたと聞く。また、何とか入館できたソ連館では、宇宙から帰還した着陸船が多数展示されているのを観た。)通算9回訪れた今回の万博は、イベント力には長けており、お祭りとして盛り上げることには成功していたが、その後入館した各パビリオンも、アメリカ館同様、映像中心の展示方法が主流で、生の迫力に欠け、さらにそもそも全体としてのテーマ自体に、前回の万博にはあった、未来への希望、憧れ、躍動というものが、ほとんど感じらなかった。そして、その万博のシンボルである「太陽の塔」と「ミャクミャク」を比較しても、後者は、どこか愛らしく、ひょうきんで人気者になったが、前者の威厳があり、力強く、神秘的で、かつ哀愁のある(特に背後から見た時の)巨大な像は、今でも圧倒的な魅力を放っている。作者の岡本太郎氏が、この作品を「べらぼうなものを創った」と周囲に語っていたらしい。
奇しくも、今年の大河ドラマは、江戸時代後期に、時代を超越した発想力と行動力で、日本の出版界の先駆けとなった蔦谷重三郎の生涯を描いたものであったが、岡本太郎氏の言葉と、このドラマのタイトルが同じであったことは何かの因縁を感じる。しかし、残念ながら、2025年の万博については、「べらぼう」にはなりえなかったように思う。これは1970年の万博を体験したもの故の感想かもしれないが…。
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